2019年02月19日

あの当時のこと

 このシリーズ(?)は何の目的で書いているかというに、以前書いた、本当に盗作されているの?の説明の前段階として、また「知っている人」の誤解を解くために書いています。告発が目的ではありません。
 告発しようにも、誰かの口を介せば嘘くさくなって誰も信じないので、読んだ人による拡散はないと思います。ここまで来るまでの「ロリコンサイトネットアドレスばらまき事件」「わいせつ図画侮辱罪事件」(わいせつ図画ファイルに名前と非公開メールアドレスとホームページアドレスと生年月日をいれてばらまかれた)から始まってホームページファイル書き換え事件等を経て、名誉毀損事件に至るまでを知っている人は、なるほどと思うふしがあるかもしれません。(うち二つを警察に届け、名誉毀損事件は犯人がつかまっている。ただし関連人物で本人じゃない。)
 お金がないと技術的に難しい事件ですからね。
 特に匿名掲示板で、パソコンもろくにつかえない彼女が、私がつけた短いレスにレス番を違えず名指しでレスをしてくるとか、ヤフー知恵袋のIDを五つ全部見破って質問時間内に名指しで攻撃してくるとか、そのIDの一つをハンドルに使ってうちのブログに書き込みに来るとか。
 
 さて、京都に引っ越したところまで書きましたが、それまでにも他人にあてた手紙などでIさんのことを書いたりしていました。それに対する一方的な反応がメンバーのラジオ内容や、歌詞だったりしたのです(以下のやりとりらしきものはこれで行われると思ってください。)が、このIさんいつだっけか、結婚されましてね。でも、こんなふうに他の女を付け回していればすぐ離婚するんじゃないかと思っていたら、わずか一年ほどで離婚されました。
 それでその結婚の時に、ああ、やっとこのつけ回しが終わるとほっとしたんですけど、なんか終わらない。しかも、なぜか変な勘違いがあちらさんに巻き起こっているらしかった。
 私としては「好きじゃないから好きとは言わない」んですよね。
 好きだから気になるんじゃなく、「付け回すから気になる」んです。
 ところがあちらさんとしては、「認めたくないから好きと言わない。」「好きだから気になる」とどうやっても解釈し続ける。挙句の果てに「自分の気持ちに気が付いてない」とか言い出す始末。
 好きと言わないのは好きではないから、単純な話です。これがなんで「認めたくない」「気づいてない」なんて変な考え方になるんだろうと思って、後から気が付いたんですけど、私は自分が書いた論文の中で、『春琴抄』の春琴が自分の気持ちに気付かないのは気位が高いせいもあるけれども、遊女の恋を作者が引用したせいもあるのではないか、と論証したことがあったんです。ああいう業種の人は関係が先にあるから自分の気持ちが本当の恋心なのか商売故なのかの判別がつかない、そういう恋愛の形を作品に引用しているのではないか、だから恋心を事件まで自分でも認識できなかったと。そして、その論文の内容を応用してIさんはそんなことを言い出していたのでは。
 えー…、論文は作文ではないのね。
 もしかしたら当時彼女なり結婚相手なりがいて、それゆえに「認めたくない」とでも言ってるのかと思ったけど、それになると余計そう言い出す理窟がわからない。だいたい彼女がいたのなんて知らないし、興味もないし。
 で、いくら好きではないと言ってもわからないしあなたはおかしいと説明するんだけど、そうすると「恋は理窟ではない」とか言い出す。一言で言ってわかんないから説明するんだろうが!と思うんだけど、なぜかいつまでたってもあちらさんの「私が彼を好き」をべっとりと押し付けようとする。
 私としては、つけ回し行為(当時まだストーカーという言い方はなかった。ちなみに『箱の中』を書いた時もなかった。もっというならば『箱の中』のプロットが出来たのは彼に出会う以前。そしてあれは小説でフィクション、作文でもないし自分の思いを書いたものでもない。)をやめてほしいと言うのを主軸とし、Iさんのやってることはおかしいという事をメインにものを語っているつもりだったのだが、どうやっても通じない。むしろ認めたくないのはそっちだろうとさえ言いたくなる。
 このIさんという人は、学校のお勉強はできるんだと思う。でも中でも国語に関してはいまいちで、「雲をつかむような存在」と表現したら「雲の上の存在」ととらえ違える。「夢のような人」(リアルに存在しないの意)と書いたら「夢」を目標とか理想とかとらえる。言葉の問題だけでなく、さらに情報分別能力もかなり乏しいんじゃないかと思った。論文と、小説と、作文のジャンルの判別ができない。全部個人の心情吐露文か、もしくはそこに何か無意識のものが反映するものだと思っている。
 でも素人が読み取れる程度のものは、書きなれた人なら大方、意識的に書くもの。つまりそこに本人の気付かない何かを素人が読みとるなんて「おこがましいこと」と思った方がいいかと思う。たとえば彼の解釈の中で、私が好きだと言わないのは、彼が好きと言ってくれるのを「待っている」と思っているというのがあり、自分から好きだと言えよとか自分に行動しろよとかあったんだけど、その「待つ」ってなんだろう、と考えてみたら、私が書いた中編小説『石と女』か?と。しかしこれは以前もどこかで述べた通り、この人に出会う前の作品な上に、漢詩の授業に影響されたもので、「望夫石」のエピソードの引用なんですよね。意識的に先行作品を挿入したのに、無意識にとられてはたまらないんですけど。
 正気になるのを「待つ」とも書いたな。もはやそれだと論外…。
しかし、そのことも含めて、この『石と女』は(他の作品も)うちの家に保管しているフロッピーディスクにあっただけで、どこにも公表してないのに、どうやって読んだんだろうと疑問に思い始めました。それだけではなく、電話で話した内容、ファックスで送った内容、手紙で書いて送った内容、97年以降はメールの内容、それを、どうやって手に入れているんだろう、と。これが私の長らくの懸案事項だった(作品以外はすぐに片付いた)。
 で、ある時、家の中に保管してあるものがどうやって外に出たかがわかった。というのも、京都に越した後の夏休み、当然授業がないから実家に帰っていたわけだけれども(帰っている方がお金が浮くし)、そしたらその夏休みはいつもより電気代が少なくてすむだろうと8月の電気代のお知らせを見たら、いつもの倍になっている。
 は? いない間の電気代が倍になるってどういうこと?
 それからしばらくして、やはり実家に帰っている間とか、留守中に、帰ってくるとアナログ時計の針がちょうど6時間狂わしてあったり、一番ひどいのだと、ある日夕方部屋に帰ってきて夜寝ようとして簡易ベッドを倒してその蒲団に入ったら、なんかしっとりしていて、さらに寝ると、例のあの人らしき肩幅の男性の寝た型がくっきりとついている。
 ガバッ。
 飛び起きて、蒲団から離れる。
 恐ろしく気持ち悪い。
 その時どうしようかと思ったんだけど、予備の蒲団を出して寝たかひっくり返したか、その辺はよく覚えてないんだけど(なんか直後の記憶がない)、とにかく私は普段自分が使った蒲団は実家に帰るときは出かけるまで、学校に行ったときは夜まで、それぞれに汗抜きをして干しているので、こんなしっとりしていることはありえないし、第一人型が残っているのはおかしい。
 つまり、おそらく、合鍵を使って侵入している。
 あとで知ったことだけど、鍵というのは器具を使って開けられる。ピッキングというのだそう。当時のマンションの鍵は全部そんな感じだった。そして合鍵もその技術があれば簡単に作られる。金があれば容易にできる。
 当時ストーカーというものの認識が世間で出始めた時で、しかしまだ法としては整備されてはおらず、警察の対応も後手後手という感じだった。さらに特にものがとられたわけではなく、これと言って何か暴力を振るわれたわけではないから、こちらも届けようがない。しかも家にいるときは尋ねて来る気配もなく、勝手に鍵を開けられることもない。
 ところがなぜか私本体には全く近づいてこない。
 大学にまできてすぐ「そこ」にいることもあるのに、決して声はかけてこず、避ける。
 ただここでわかったことは、いつどこから作品郡を持って行かれるかというに、部屋の中に侵入して、持って行かれる、ということだった。
 そして彼としては、その中で自分の都合のいい書き物をみつけては、自分が正しいとばかりにばらまいていったのだろう。ところが、受け取る側はみんながみんなそれを彼が思うようにただ受け取るばかりというわけではない。
 そう、業界が業界だから、盗む人が出て来る。
 その中でも一番ひどかったのが、脚本家のAさん。
 のちにいくつもの逆襲をかけるのだけど、そもそも私は自分の作品の色の濃さと独特の質感を知っている(たびたび言われるし)。一度盗んでしまったら、おそらく次が出てこない。盗みつくしてしまったら、後はつぶれるしかない。
この(これらの)逆襲については次回書くことにしたいと思う。

 ちなみに、私はこの家宅侵入を止めるために、出かけるときは籐の間仕切りを使って入り口のキッチンの排水管と棚、ユニットバスのトイレにチェーンをゆわいつけて錠をかけて入れないようにしたわけだが、それでもそれをよじてよじ登って乗り越えて入った形跡があり、もう呆れるのを通りこして言葉もでなかった。親が遊びに来たときにも時計が狂わされていたので、それで親が心配して大家にシリンダーを変えてもらうように言ってくれたのだが、変えてもその気配がやまない。つまり鍵はお金を使えばいくらでも開くので、それはやっても無駄なことだと後で気が付いた。
 ところが二年目のどこかで、その気配が薄れていく感じがあったんだけど、ことは収まりきらないし、例のメンバーさんがバス停で待ち伏せしていることもあり(結局この人を至近距離で見たのはこれと併せて合計二回)、二年目の秋にIさんの所属事務所に「話し合いをしたいと思いますが、応じて下さらないなら警察に連絡します」と手紙を書いたらば、その二週間後にフライデーをぶちたてて、さらに翌月あたりに結婚してしまった。
 彼はそうでもないかもしれないけれど、事務所の人はそれが犯罪だと認識していたらしい。
 それで終わると思うじゃない(思わないか?)。
 終わらないんですよ。
 そっちに集中しろよ、うぜえな、とか何回も書いた気がする。
 この人は一体何をどうしたいんだろう。
 たまに、結婚したらがっかりしてくれることを期待する男っているじゃない。あれかとも思ったけど(でも無反応で、いわゆる一人上手ってやつ?)、まあいるよね、結婚しようが恋人がいようが他に目移りする人。でもどんなに何をやられても好きではないし、既にキモい。

 かなりさらりと書いている感じがするじゃない。でも当時の精神状態としてはかなり壮絶でした。そう、逆襲ができると確信を持てるまでは。
 
 さて、もう一つ書いておきたいことがあります。当時私は大学院にいたんですが、研究科の飲み会の席でね、私の指導教授ではない先生が変なこと言い出すんですよ、私に。
「あのね、恋というのは理窟ではないんですよ。」
きもい。
 で、さらに言うんです。
「テレビでね、ある作家が自分の部屋に案内して本棚を写させるわけですよ。でもね、僕が思うには、本棚というのはその人の精神が表れたものだから、人に見せるものではないんですね。」
 まさか、「ここ」まであのつけ回し内容が出回っているのか。しかも、侵入した時に、勝手に部屋の本棚を撮影してばらまいているとか?
 確かに東京のあったこともない先生の出版記念パーティーの案内が来たり、私みたいな無名に近い院生が紀要論文で使った手法をまんまパクってる先生が出たりしたよ。
 さらに悪いことに、この研究科の教授の口ぶりきいてたら、もしかして私が自主的にばらまいているともとれなくもない。その上、なんかこの先生が異様な偏見で私に接するようになった感じもするわけよ。それで、もう一度上の所を見てほしいんですけど、Iさんの視点で私を把握したら、結構変な人が出来上がると思いませんか。
 なんで「悪事」を働く人の言い分を信じるのか。
 彼の方が著名だからか?

 ちなみに出会いはどうあれ、上のような男、客観的に見て、好きになる?
 万一(絶対ないけど)好きだったとして、好きなままでいられる?
相手にはお分かりいただけないらしい。
 彼の選民意識、特別意識が強すぎる。そして、自分の思ったことが他人と違うことが認識できない。こういう人の症状を境界例人格障害というのだそうだ。
posted by さきはなきよら at 20:00| Comment(0) | 日記