2016年04月10日

ルーツ2

 以前にも書いたことがあるけれども、社会の授業では地主や庄屋を搾取するだけの卑劣な悪の権化みたいに語っていて、きいていた私は我々の先祖はそんなに卑劣だったのだろうかとひそかに深く傷ついたものだった。数年前やはり社会の授業の後の黒板をみたらさほど変わってなかった。ああいう授業っていまだにやってるんだろうか。
 でもね、文献では母方の祖母の父親の実家と、母の実家は一緒に組んで自分ちから金出して大規模な治水工事に取り組んでるし、小作の人たちは農地改革で土地をもらったはいいが途端に食えなくなってみんな次から次へともらった土地を売り飛ばしてしまったという母の言葉を参考にすると、とりあえず所有地が少なくても塩田をやったり醤油屋をやったりして領地の人を食えるようにしてただけ、そんな悪徳卑劣な階級にも思えないんだけど。
 逆に今の世の中の企業や橋下徹みたいに、使うだけ使って容赦なく切り棄て、人の生活おかまいなしに給料削っていく、ああいうのの方がはるかに冷たくて人間性がないと思う。
 とかなんとか書きながら、お前父方の話は全然しないと言われそうなので、今回の「ルーツ2」。
 というか、なぜ語らないかというと、はっきりとはわからないんですよ、父方。
 確かに明治、大正、昭和と農業はしてたんだけど、それ以前はそうじゃなかった、らしい。
 徳島の山の中の一軒家でしてね、以前、ある学校で何の気なく、
「うちの家の電気消したら辺り一帯真っ暗になるんですよ。山の中の一軒家でしてね。」
なんて言ったら、なんか変に鋭い先生で、
「ほうほう、それはおかしな話ですね。なんでそんなことになるんです。」
何がおかしいかというと、日本の国というのは大概が集落を使って生活するので、山の中で孤立して家が建っていてそこに住んでいるのは珍しいケース、その先生はそこをついてきた。
「いえ、うちは、先祖は京都なんですけどね、江戸時代の末期に、放蕩の限りを尽くして借金踏み倒して逃げて、知り合いを頼ってそこに逃げてきたんです。」
「ほうほう、では元は放蕩の限りを尽くせるほどお金があったんですね。」
「まあそうですね。」
「そしたら江戸末期に京都で○○や△△(←忘れてしまった)と一緒に文芸活動なんかしてたかもしれない。」
「そこまではわかりません。」
 公家だったらしい。
 それは曾祖母が語ったのだが、聞いた時に私は「知らないと思って好き勝手言えるよなあ」と、半分馬鹿にしていた。
 サイテーの子孫だ。
 公家で京都の市中なんだけど、京都の市中らしくない名字なので変に思うけれども間違いないそうな。
 大学院で京都に下宿するようになった時のこと。京都市中の地図が当時名前入りで配られていたんだけど、あった、自分と同じ名字の家が。うちの名字は珍しくって、同じ名字の人にあうと決まって「どこのご出身ですか」ときく。ちなみに元銀行家や現歴史学者は同じ名字でも確か島根の人。東京にもいるらしい。で、京都市の左京区でしたかしら、十何件集中して固まって住んでいるところがあり、ああ、ここから出た人かなあとも思いつつ眺めたものだが、恐ろしくて特にそこへ訪ねようとは思わなかった。
 何が恐ろしいかというと、「昔先祖で馬鹿な人がいて、借金踏み倒して逃げて家が大迷惑をこうむった」なんて話が出てきたら、ひえええええーーっごめんなさーい、てなことになるので、結局訪ねてもいかなかった。
 この家はその種の本を見ると、江戸時代かそれ以前に天皇家から臣籍降下してできた家らしいのだけど、実際は本当かどうかはもっと追及しないとわからない。その集団で住んでいる家の人にききにいくとか。
 怖いから追及する気もない。
 でも公家というのはどうも嘘ではないらしく、知らないと思って好き勝手云々は私の失礼な言いぐさであることはなんとなくわかった。
 一家で徳島に逃げてきたものの、両親は何もできないので、子供たちが農具の使い方百姓の仕方をならって、なんとか農業を習得したらしい。
 つまり世にも珍しい「でもしか農家」。
 ただし、うちの家は祖父母の代で一度血が途絶えている。
 祖母が養女、そこに祖父が婿養子に入った。
 曾祖父母に子供ができなかったから。
 しかし、ここで血が途絶えたというのも疑問があって、同じ家ばかりから養子養女を迎えている。祖母に至っては曾祖父が継子いじめをされた義母の孫で、あんな人の孫をもらうなんてと難色を示したが結局誰がそうしろと言ったのか知らないが養子縁組は成ってしまった。そんなだったら、よそからもらえばいいのに。その二代前もその家から嫁をもらっていて、そんなにしつこくその家にこだわるなら、もしかしたらこっちから昔誰か嫁に行ってるんじゃないかという話にはなっている。
 うちは分家で、本家の方はその土地は撤退しており、後継ぎがいるのかどうかもよくわかってない。うちもおそらく叔母がなくなったら撤退するんじゃないかという話だけど。
 いいところなのにねえ。
 一つ気になるのは、借金踏み倒して迷惑をかけた相手がいるんじゃなかろうかということで、踏み倒された方、残された人たちは、やっぱりひどい目にあったんだろうかと思う。私なんかでもストーカー氏を一族郎党末代まで根絶やしにしてやりたいと思うと同様、そう思われてるんじゃないかな、と。気のせいだと言われればそれまでだけど、今度参り所に行って呼び出して謝って来ようかとは思う。そしたら私のその気になっているのも消えるに違いない。
 曾祖父が保証人になって逃げられてひどい目に遭ってるんだからそろそろ許してくれてもよさそうなのに。

 しかし本当に社会の授業ってまだああいうこと言ってるんだろうか。
 学校の組合の人たちでも安倍首相や天皇家をぼろくそだけど、安倍さんも山口の大庄屋の家だったりして、遠からずの私には聴いていて気分が悪いんので悪口は言わないんでほしいんだけど。近くに親族とか血縁がいるとか夢にも思わないんだろうか。もう少し言葉を選んではいかがか。歴史上でも現在でも、別にいい思いばっかりしてるわけじゃないんだから。
posted by さきはなきよら at 00:51| 日記