2014年04月27日

慰安婦問題覚書

 ツイッターのフォロワーがいろいろとリツイートしてくれたものや、リンク先から色んな事が知れる。
 どれが正しいのか確たることはわからないけれど、とりあえず覚書。
 こういう問題をブログに書くのは相当勇気がいりますね。半年は思ってて書かなかった。

●戦後の日本とアメリカ
 ちなみに太平洋戦争終結後、日本には特殊慰安施設協会なるものが設立される。
 これは占領軍であるアメリカ軍向けに作られたもの。
 なぜ設立されたかというと、占領軍が上陸した直後から日本の民間人への米兵によるレイプ事件が多発し、これを憂えた政府が設立したからだという。
 全国から募集され、貧しい最中であったのでたくさんの応募があったとか。
 私がなぜこれを知ったかというと、宮本輝の小説「泥の河」に「パンパン」なるものが登場する。
 上記が公の施設とすると、この「パンパン」は私娼である。
 日本では私が知る限りでは江戸時代から公娼なるものが存在した。江戸幕府の管轄のもとに、江戸吉原、大阪新町などの遊女街が出来、そこにいる遊女が公娼、これに対し管轄なしで自ら春を売るものが私娼となった。
 
 本来戦下にこうした娼婦が存在したのは、そもそもが上記に上げたような民間人への暴行を防ぐためであり、軍内での同性の兵への暴行を防ぐためでもある。
 日本という国の戦時における娼婦というのはかなり古くからあるらしいが、戦国時代では戦地に女をつれこめない上級の武将には、お小姓をその代わりとし、同性愛が横行した、などという話もある。

 逆にこれを戦時しなかった歴史の浅い国がある。
 アメリカである。
 故に戦後特殊慰安施設協会が設立されても、米兵によるレイプ事件は後を絶たず、判明しているだけでなく、判明していない部分でも、例えば村の中の茂みの近くに米軍の車が停まっており、よくその茂みから若い女性の悲鳴が聞こえてきたりしたなどというエピソードなども残っている。(私が大学時代授業を受けた先生の証言)。
 朝鮮半島内では日本の慰安所がたくさんあったというが、日本が撤退した後、朝鮮政府が引き継いだ。(wikipediaより)それで米兵の民間人暴行は抑えられたはずである。
 また日本語版wikipediaに「慰安所」内にある記事であるが、
 
アメリカ軍もフィリピンなどの植民地慰安所をのぞくと慰安所を設置しなかったが、ノルマンディーに上陸したアメリカ軍が多数のフランス女性をレイプし、性行を行っている姿を見ないで街を歩くことが出来ないほどの状態になったためル・アーヴルでは市長が郊外に慰安所の設置をアメリカ軍指揮官に懇願したがアメリカ軍はこれを拒否している。

 女性一般では、春を売ることを覚悟し納得した場合と、道を歩いていて突然犯されるのでは全く受ける心の傷が違う。売春婦とてレイプに合えば深い心の傷を受けるだろう。
 レイプとはそういうものだ。
 占領下のアメリカ軍にレイプされ妊娠し心を病んで一生を失った女性の話は、特に沖縄では後を絶たない。米政府はこの軍による婦女暴行の歴史をどう思っているのか個人的に問いたいところである。

●日本占領下における慰安所
 日本占領下における慰安所は存在した。
 これは詳しく研究している方がおられる。ツイッターによってその方の資料なども拝見した。
 それによると一つの街に軍があり、その近くに慰安所、それから私娼街などがあり、上記パンパンにような韓国日本の歴史から察するに、個人の売春婦が存在したと察せられる。
 で、あるならば、慰安所の下位施設として朝鮮独自の私娼街があったのに、なぜ強制連行する必要があったのかが謎である。
 その下位施設から慰安所に組み上げればいいだけで、給与も扱いも下方にいる者が、上方の慰安所へ行くことに拒絶したとは考え難い。
 とりわけ慰安婦は募集がかかると高給のための応募が殺到したという(ネットで見た資料より)。
 高給の証拠はあちこちに残っているが、慰安婦たちが親たちに手紙とともに仕送り、その手紙に記入されたのが法外な額であったことからこのことが証明されている。(同上)
 当時日本でさえまだまだ国として貧しかったので、今から考えれば安価で遊女宿に奉公に行く女性が少なくなかった時代である(たかじんのそこまで言って委員会)。
 また、今ほど庶民に洋風の貞操観念が強くあった時代でもない。(私が受けた大学の授業より。江戸期文学作品や民俗学資料より)
 この状況で強制連行があったかというと、それは相当疑問視せざるを得ず、そもそも韓国にわたって一か月現地調査した人によると、強制連行されたと証言した人は一人も見つけられなかったと話している(たかじんのそこまで言って委員会)。
 もし強制的につれられたとしたら、金を目当てに売った親が娘に言うことを聞かせるために、「日本軍」を笠にきて行った女衒の策ということではないだろうか。とにかく当時の農村は貧しかった。まだ朝鮮王朝末期になる前の中期を描いた韓国時代劇でさえあの貧しさなのだから、国が荒れた末期、それを継いだ日本併合時はもっとすさまじいものであったろう。
 日本という国家の当時を考えてみても、朝鮮時代の韓国が娘個人の意志を尊重したとはとても考えられない。
 ただでも、何度も書くけど、慰安婦は当時最上級の高給娼婦、しかも募集型だったので、より下位の娼婦ならまだしも、そのような強制のやりとりが本当にあったのか疑問が残るところ。

●解決済みの案件
 日本の戦時下におけるモロモロの補償は、日本と韓国が国交を正常化するときに取り交わした「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」いわゆる「日韓基本条約」ですべてが解決済みである。
 日本は個別の補償を申し出たが、以下wikipediaから引用する。

 韓国政府は「個人への補償は韓国政府が行うので日本は韓国政府へ一括して支払って欲しい」とし、現金合計21億ドルと各種現物返還を請求した。次の日韓交渉で日本は韓国政府へ一括支払いは承諾したが21億ドルと各種現物返還は拒否し、その後、請求額に関しては韓国が妥協して、日本は前述の記載通り「独立祝賀金」と「発展途上国支援」として無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドルの供与及び融資を行った。

 つまり、個別の補償は韓国政府から拒絶された。
 個人への補償は韓国政府が行うとしてこの条約が締結された以上、併合時の補償を行う対象は、すべて韓国政府が行うのである。
 日本の関わっていい問題ではない。
 もしここでかかわって何かもの申そうものなら、これは内政干渉以外の何物でもない。
 シベリア抑留者にロシアが年給を支給しろだとか、被爆者にアメリカが年給を支給しろというのと同じことではないのか。国庫の使い道を、その国の財政に影響するわけでなし、他国に云々言われる筋合いはないのだ。

 ということで、ここまでが今現在の私の認識(覚書)である。
 ただ一つ不思議に思うのが、国交回復したときにこの慰安婦問題が問題として俎上に載らず、なぜ二十年近くたってから韓国側から出たのかということである。
 さらに、米国は米国が輩出した作家アーネスト・ヘミングウエイが『武器よさらば』で、イタリア軍にも慰安所があったことを記しているが、イタリアに対してどう思っているのかも聞きたいところ。小説の内容によれば、この主人公の米国人も利用した書き方がされている。
 米国には、ことさら日本をとりあげる以前に、自国軍の日本だけではない、占領下婦女暴行の歴史をまず反省していただきたいのと同時に、日本が韓国に慰安所を残していったから、米軍が民間人に魂の暴力を施さずに済んだ(いや、これも日本同様表ざたになっていないだけかも)ということも忘れないでいただきたいのである。


 また安倍首相にも、男性だからといってなんでも女性の問題で軽々しく折れるのはやめていただきたい。
 個人的には現段階では、私は韓国よりも、婦女暴行を繰り返しながら人権などときれいごとをいい、実質的には人権を阻害し続けて放ったらかしの米国が一番始末が悪いと思う。
 アメリカの監獄で今も行われているとかいう、同性囚人の暴行も何とかしたらどう?
 そういう国民性と言われれば、それまでだけど。
posted by きよら at 23:55| Comment(0) | 社会・政治