2011年03月19日

阪神大震災の教訓〜東北関東大震災に寄せて

 先週の金曜日って、昼からお参りに行きましてね、お寺に。
 一緒にいった母がお寺についてから、車に乗ってる間「胸がしめつけられるように苦しかった」とか言い出す。でも車で走ってる最中だからとめてとも言えなかったとか。
 それで帰ってきて5時過ぎだったか、夕刊見ると首相の外国人寄付問題とか見出しで書かれていたので、「ああ、こんなことあったんだ。どうなってんのかな。」とぽちっとテレビを入れた――ら、なんかすごいことになってた。
 すごいことになってた、けれども、もう全部が終わった後だった。
 ラジオつけずに走ってたんで、地震があったこと知らなかったんです。
 
 人間って不思議なもので、その映像を見ながら阪神淡路大地震の朝を思い出していたんだけど、あの日は「これ以上揺れが続けば日本が終わっててしまう!」と思って、思ってるうちに、揺れが収まった。
 考えてみれば、阪神大震災は満月だった。
 満月の夜は大きな災害が起こりやすい。
 でも今回は満月ではなかったってことはなんなんだろう。
 ちょうど、断層が交差するあたりを中心に、震源地の対極線上に何があるんだろうと思ったら、鹿児島の新萌岳。
 う〜ん、関係あるのかしら。
 父は父で、あの日は山鳥が飛ばずに這うように地面を歩いてたとかいう。
 私は一週間前からちょうど地震の前日あたりまで風邪をひいてて、その週は水曜日には成績出さなければいけなくって、なんか必死で風邪の微熱と戦いながら提出しなければいけない成績の数字とも戦っていた。
 
 それでなんだかんだと一週間経ったけれども、地震はテレビの向こうの世界では起こっているけれども、我々には実感として感じるところがないというのが正直なところ。
 阪神大震災の時は、17日に地震が起こり、20日に、電車が通じてるところまで電車で行き、そこから歩いて友達の家に支援物資を持って行った。あの時はものすごく手間取ったように思うけれども、大都市大阪が横にあったために、今回より復旧が早かったと、今にしてみれば思う。
 歩いて支援物資を持っていけたし。
 
 それで今、テレビの中の人からいろいろ言われるんだけど、「〇〇が足りません」と言われても、う〜ん、何もできないよねえ。
 遠いし、被災地には入れないし、物資は送れないしさ。
 まあそれ以前に何もしなくていいのかも。
 一応すぐ前のブログで紹介したように、募金には応募して入れた。
 
 
 
 …なんだ冷たい、よそごとみたいと思うかもしれない。
 一か月後のあなたの姿ですよ。
 一年後のあなたの姿です。
 阪神大震災は、地元のテレビ局が、だいたい今も一月になると、震災関連の取材ニュースをやり始める。
 そして我々は気持ちを新たにするわけだが、どうも東北関東の方を見ていると、「この人たちには、あの時だけで、よそ事だったんだ」と思うふしがないではなかった。
 被災地以外の人たちには、テレビの中で報道が終われば、終わるもの。
 もっといやらしい言い方をすれば「ショー」が終われば、終わるもの。
 感動的なストーリーがいくつも過ぎれば終わるもの。
 もう阪神大震災はいうまでもなく、アフガニスタンも、イラクも、スマトラ沖も、チリも、四川も、チベットも、タヒチも、みんな誰も覚えてない。
 気の毒にと思って泣いたり一生懸命募金するのは、その時だけ。
 ほとんどの人が。
 関東も、計画停電が解消すれば、順次忘れて行くのだろう。
 実は現地は、みんなが忘れ始める頃にこそ、ケアが必要だったりするんだけれども。
 神戸のバス会社が街が復旧した後、観光客がこなくて経営に困ったという。なぜかというと、震災の傷に触れるのがイヤで、他の地方から人がこなかったのだとか。
 そんな話がいくつもあって、現地はそれと戦っていた。
 
 
 だからこそと、言いたいんだけど。
 
 直接現地に行けないものであれば、テレビやネットにかじりつき、暗い顔して歩いていないで、せめていつもの生活を心がけ、日本という国にブランクを作らないように心がけたらどうかと思う。
 日本は東北と関東だけでできているわけではない。
 でもこの地域の打撃で、我々は日本という国の経済に大穴をあけてしまうかもしれない。
 だからこそ本当は、その大きく開いた穴(あえてこういう書き方をする)から落ちて行くのを回避するために、我々は日常をちゃんと生きて、この日本にブランクを作らないようにいつもの2倍頑張らないといけない。
 
 と、私は思った。
 たぶん、2倍頑張っても、1.3倍ぐらいしか結果は出ないだろうけど。
 東北が復興に向けて(これも阪神大震災の時、最初「復旧」って言ってたのを「復興」に言い変えたんだよね。)、0の地点へ向けて頑張ってる間に、プラスをちょっとでも増やして、彼らがさあ普通の生活に戻った時に、「ああ大丈夫、ああやり直せる」と思う地盤を作っておかないといけないんだと思う。


 
 世界がたくさんの支援をしてくれる中で、ハイチに米軍は走ったのかとちょっと気になった。
 略奪が恐ろしいほど起きない、それが称讃されているかもしれない。
 国民性もあるだろうけど、それは日本が豊かな国である明かしであるとも思う。
 日本が地震で揺らいでる最中、ワシントンポストは同時にリビアの報道もしている。
 秩序を保っていられるのは、国や自治体が助けてくれるという、信頼があるから。
 決して我々に銃を向けない、困難を放置しないという、自信があるから。
 たとえ寝食を忘れ働いている公務員の皆さんを、叩きまくり、給料高すぎるとか削れとか言ってたとしても。

 
 美談は時間とともに消える。
 協力した助け合いも、時間が経てば消えうせる。
 なぜ私が今これを書いているかというと、私もおそらく忘れると思うからなんだけど。
 阪神大震災の教訓は、耐震強化、地震への備えなどいろんなものを残したけれど、ただ一つ残らなかったのは、近畿一地域をのぞいて、見えないいろいろなものが、日本中に「ショー」で終わってしまった部分がたいへん多かったということ。

 
 ということで、そろそろ地震のなかった地域が沈んでるのはなしにして。
 でもテレビの中の「ショー」で終わらせないように。
 一昨日京都行ったけど、この時期にしては人の通りが少ないし、昨日は大阪市内をウロウロしたけれども、やっぱり人通りが少なかった。
 歩いている人も沈滞してるし。
 
 イケイケで行けとは言わない。
 毎日ニュースをチェックしながら、沈まないように、むしろあざなえる縄のごとく、おそるべき不況からも、立ち直ってほしいかと思う。


 ※下は18日、天満天神繁昌亭に掲げられた「当日券あります」の張り紙。
 出来てからずっと満席だったのに、リーマンショック以降「当日券」の案内が増え、今月行ったらここまで大きくなってしまっている…。
 自粛はいいところで控えめにしないと、とんでもなく各所の収益が落ちてしまう。
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posted by きよら at 23:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近の出来事について

2011年03月09日

大阪府知事部局職員6人自殺

 大阪府の知事部局職員が、本年4月からだけで既に自殺者が6人にのぼっているという。
 詳細は読売オンラインにて。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20110309-OYT8T00077.htm
 
 これは実際の新聞では、地方版の、たった10センチほどに載せられた小さな記事である。
 要約するまでもない短い内容だが、8日の府議会総務委員会の明らかにしたところによると、去年4月から昨日現在までに6人の知事部局職員が自殺したそうだ。
 知事部局職員は約8400人、その前の4年間は1〜2人で推移していたのに、本年になって急激に増えたらしい。
 公務災害の認定請求は一件もないとのこと。

 だからといって、公務災害ではないのだろうか。
 
 京都府職員の自殺も、同じ数だけあるらしい。背景には公務員に対する異常な抑圧も影響してもいるのだろう。しかし、よく読むと、京都府は京都府職員全員、大阪府は知事部局のみでの数。
 これとは別に去年の11月に、橋下知事に叱責され、別の部局の人も自殺したという記事があるから、全体でどれだけの数に上っているのかはよくわからない。
 しかし6人も自殺しているのに、この地方版のわずか10センチにしか掲載されないことが、非常にいたましく感じられた。
 これはまだまだ続くのではないかと思った。

 この知事の支持率は、まだ50%を超えているそうな。 
 なんだか背筋が寒くなる。
posted by きよら at 23:59| 橋下徹政界引退記念