2019年08月14日

玉置浩二コンサート 19.08.13 (於大阪フェスティバルホール)「ステージが見えない」

 ライブレポートみたいなの書くのはどれぐらいぶりだろう。
 でもいつもツアーの最中なので曲目は明かさずに書いてた気がする。
 そしてライブレポートではなく感想文で終わってしまう。
 今回も…。

 2019年玉置浩二コンサートツアーに行ってきました(於大阪フェスティバルホール)。
 席は一階の通路の前の席だったんですが、残念なことに、また、ステージが見えない。
 また、というのは初めてではないということで、覚えている限りでは、ソルトモデラートショーツアー(安全地帯)の渋谷公会堂、ゴールドツアーの名古屋、去年の大阪・河内長野も見えなかった。今回見えていた範囲は左は矢萩さんまで、右は吹奏楽団の右から二人目の方まで。肝心の玉置浩二さんは、えー、無理にのぞいたら見えました。
 コンサートが始まって、玉置浩二が入場してきて、最前列の人が立つものだから、後ろの人は見えないので必然的に次々と立っていき、私も前に壁が出来たので立ったのだけど……立っても見えない。
 前が背の高い男性だった。その人が視界をほとんど遮っているので見えない。
 で、ちょっと左にズレたら、今度はその前にまたそれなりの身長の男性がいて……見えない。
 でも左にちょっと首を寄せれば見えるかも……前の前の人が横にゆらゆらして見える時と見えない時が……だんだん首が痛くなってきて……。
 結局座りました。それが正しいかどうかは別として椅子の座面を立てて座るとかろうじて矢萩さんが見える状態で、どうせ見えないからこれでいいやとほとんど座っていました。

 00年代までは、最初から張り切って立つ人ってそう多くなかったんですよ。
 むしろ二階席で立っていると、後ろからものを投げられたり、座れと促されることさえあったらしい。高齢の人も多かったから、膝が痛いとか、立ち続けるのは無理とかで座っている人も多いから、それは座れという人の言い分もありかなと思うんです。(今も状況は変わらんと思うけど)
 その頃は後半で盛り上がってきてワーッと立ったんだけど、私なぞは女性の中でも背が高いのを自覚しているので、後ろの人に悪いと思ってサンダル(もしくは靴)を脱ぎ、足を開くか身をかがめて、十センチぐらい低くする努力をして立ってたんです。後ろの人に恨まれるのもあれなんで。
 縦の通路の横とかステージが見える位置ならなるべく全員が立ってる時でさえ座っています。なぜなら後ろの人に見えないから。どんなに周囲に「この人ノリ悪い…」と思われようとも座っています。学生時代から塾の講師をしていて先生で3時間立ちっぱなしとか平気なんだけど、それでも座るようにしている。

 ところがあの例の2010年の安全地帯復活とそれに前後してマスコミに取り上げられるようになってから、いろんなことが変わってきた。
 男性が増えた。しかも身長があっても全く後ろを気にする気配がない。
 最初から立つのが当然のかつての安全地帯ファンと昨今のアイドルを見るかのような「玉置さんにあう」客が増えた。故にスタートから有無を言わさず立つ。
 で、その立つのが当然で立ち上がる人たちは、そういう後ろの状況が見えてないんだと思うんだけど、特に往年の安全地帯が大活躍してた時代のファンはおそらく未だにコンサート会場が自分たちの世代と同じ150センチ〜せいぜい160センチ前半の女子で前方が埋め尽くされていると勘違いしてると思ってるのではないだろうか。その時代は全員立ってもおそらく後ろの人も見えた。もっと言うなら今回もいたんだけど、腕を挙げて手をたたきながら調子をとっている人、その後ろの人でも立てば見えたかもしれない。
 でも今は、立っても見えない。
 男性が相当増えた、それが一番の見えない原因かなと思う。
 今回一番気になったのが、ステージ向かって右翼の通路前に車いす席があって(いつもあって何名かいらっしゃる)、その何列か前で、玉置浩二入場と同時に飛び上がって手を高く上げてゆらゆら踊りだしたお姉さん(私より十は年上の五十代の人だと思うけど)がいて、右翼も全部立ったので、まずあの人も見えたかな…って感じだったと思う。

 しかしこれまた00年代まではたとえそれまで立っていても静かな曲になったら着席してた。それで頭頭の間からしか見えなかったステージがその時はきれいに見えて落ち着いて聴けたんだけど、10年以降前の人座らない。
 なんで座らないの?
 バラード立って聴く必然性がわからない。
 今回なら「ミスターロンリー」から「オレンジ」まで着席OKだと思う。
 皆が平等にステージ全体が見える時間を作るためにも座りましょうよ。
 見えないと「私はなんでここにいるんだろう」とちょっと思っちゃうよ?

 ラストの20分のところでメンバー紹介があって、その時立って見たら、前の男性が話をするためか横の奥さんらしき人に寄って立っていて、普通に玉置さん見えたので、そこからは立って見てました。後ろの人あと残りちょっとのはずだから勘弁してって感じで。その20分かな、まともに見えたのは。

 という、客席の問題を抱えた昨今ですが、他の男性が多いライブなんてどうしてるのかね。
 170センチ越えの私がこう思うんだから、男性多めのライブも結構見えないんじゃないかと思うんだけど、見えなくってもノリノリなの?
 臨場感がいまいちなんですけど。目の前にどかんと他人の頭があると。
 で、隙間から見える矢萩さんの姿を時々見ながら聴いていて、「おじいちゃんになったなあ、矢萩さん……矢萩さん、かわいいおじいちゃんになってね」「『野蛮人でいい』の時なんて玉置さんとギター上下させながらリズムとって踊ってたよね。あの頃は二人ともかっこよかった。」などと思いつつ、その「ミスターロンリー」まではノリのいい曲、「オレンジ」の後からもノリのいい曲だったんだけど、全体的に初期の曲が多くて、具体的にいうなら90年代初頭まで。これは甲子園球場での11月の安全地帯ライブを意識した選曲なのかなと思った(が、そのわりには安全地帯の曲は「オレンジ」ぐらいしかなかった)。往年の安全地帯ファンで一度離れた人達もここまでならソロもきいていたはずだしコンサートもきてたよね、たぶん。00年代以降の曲って確か三曲ぐらいしかなかった気がする。(オーケストラの方でやっているのかも。)
 「愛されたいだけさ」なんてあんな鬱な曲永遠に出てこないかもしれない。

 8月6日の八王子は途中で中止になったらしく、友人が行ってて中止の旨もすぐきいたんだけど、13日は元気そうでしたよ。「からっぽの心で」と、今回全然歌うと思ってなかった「幸せのランプ」が一番良かった。私は勝手に玉置さんはこのクソ暑いのに相変わらず塩分控えめにして水分補給も足らずに体調崩したのかと思った。このツアーの前ギリギリまでオーケストラコンサートやってて疲労もたまってたはずだし。
 詳細はわからないけど。
 友人がこの件で、「玉置さん今どうしているのかしら」と消息不明の時を思い出したと言ってたけど、私も思い出したわ。『惑星』ツアーで座って歌ってた時も思い出したわ。(座ってもいいけど…暴露本書かれた直後で玉置さんも病気持ちで立って歌えなかった。その後悪化して一時消息不明になった。)
 フェスティバルホールは相変わらずガサツでうるさかった。(同じ大阪府でも他のホールはそんなことないのに。)――いや、これも00年代は確か、大阪市内もそこまでガサツではなかった気がする。「キ・ツ・イ」の時に、一緒に「キッツイー」と歌うお姉さんがいて友人が「お前が一番キツイんじゃーと思った」って言ってたぐらいだから。そして今回は一人どころではなかったし。

 甲子園では壁に遮られませんように。その前に土砂降りにならなきゃいいんだけど。

 一回ソロツアーを玉置さんとトシ8080さんと、もし加えてもキーボードの川村ケンさんだけでやってほしいわ。MCもちょっとは入れて。
posted by さきはなきよら at 13:40| Comment(0) | 音楽の話

2019年08月02日

韓国のホワイト国除外閣議決定

 素朴な疑問なんだけど、なんで韓国は、それなら過去1年間遡って製品の流れを1mlに至るまで証明してみせないの? 三か月待ってくれたらやるから、三か月待ってと言えば日本も待つと思うんだけど。
 今の大統領は弁護士なんだから、立証の方法とそれをどれほど徹底的にやる必要があるかぐらいは知ってるはずなんだよね。各機関に命令して証明すればいいだけじゃないの。
 1mlに至るまで残ってるはずですよ。売買の証なんだから。

 もっと不思議なのは、「え、するっと売らないの? 売らないの? 売らないってどういうこと? おい、殴るぞてめえ!」的な態度に出ることで、そういう態度で出たら余計に規制するに決まってるじゃないの。そんなの私でもわかるのに、なんでそういう態度に出るのかしらん。人にものを頼む時は、相手がよほどの悪者じゃない限り、「ねえねえ、こういうおいしい話があるからちょっとまけてよん。」といって、懐柔すべきと思うんだけど、懐柔じゃなくて怪獣になっちゃってる。
 証明もせず、怪獣になっちゃってんなら、「なんだ、やっぱりどこかへ流してたのか」という結論に達せざるをえないよね。しかもこの問題が出てから、中国とロシアが竹島上空を侵犯し、北朝鮮がミサイルを発射した。ははーん、つまり流れゆく先はあのあたりなのかしらっていぶかられても仕方がない。折しも本日ロシアの首相が択捉島を訪問したとか。こうすることでかゆくもない腹をさぐらせたいのか、かゆい腹をさぐられたいのか。

 ただね、一つ韓国って国は日本という国をわかってないと思うの。
 日本という国は、韓国みたいに大っぴらに不買運動はしない。
 この国民がおそろしいなあと思うのは、示し合わせてないのに一致団結している。
 ちょろっと調べたところでは、ギャラクシーの占める割合が10年前ぐらいは14%あったのに、今は3〜4%ぐらいしかない。私も積極的に買わない。おそらくあれが韓国サムスン製と知っている人が積極的に買わないから、売れなくなったんだと思う。また、近所のスーパーはよくどっかから頼まれて何、どうしたの?という珍しい商品を山積みしている事があるが、ちょっと前の韓国フェアの時は全く売れていなかった。もしかしたらあの系列の会社はことごとくつぶれるかもしれない。数年前にマッコリの会社が日本への輸出が全く出なくなって業務縮小しなければいけなくなったと言っていた。実は韓国ドラマの輸出も相当下火になっているだろう。日本に向けての輸出がいまいちなせいか、最近の韓国ドラマは製作費が減っている気がする。ちらっと見ても長くみられる作品が減ってる気がする。韓国からの就航を停めたと言っているが、こちらから行く客も減っているのだと思う。秋田へ行く客の5割が大阪人で秋田から帰ってくる客の5割が大阪人で、片方の動きが止まっても、5割の客がいれば飛ぶものね。止めたってことは両方の客がいないんだ。ビジネスのために残しているメイン路線はあるんだろうけど、観光客が動かないのはどちらも同じこと。
 ただ大きな違いは、日本人は大っぴらに口にしないだけ。
 うるさくないだけ。
 
 ホワイト国除外の第一報を聞いた時は、徴用工問題の時に5ちゃんねるで、「サムスンより大きい会社は日本にあるか」としつこく書き込むのがいて(おそらく在日韓国人か、向こうの日本語ができる人だと思うんだけど)、それで、それを政府の人も見ていて、「サムスンが持っているのは日本のおかげだ!」とばかりに報復措置をしたのかと思ったが、韓国と周辺国の動きを見ていると、あながち本当にどっかにやばい流れがあるのかと思ったりもした。思わざるをえない。
 
 徴用工の問題うんたら言うてるけど、自分たちが過去の約束を破っておいて、協議の場に出てこないのに、今回はこっちが応じないからってルール違反だ、マナー違反だ…いや、徴用工の問題といい、仏像の窃盗といい、韓国のやってることは全部国際法違反なんですけど。
 これね、日本人が過去にやったことを認めたくないって言っているんじゃないの。約束は約束で、もう成立してるんでしょ。約束とかルールとか破っちゃだめよ。それを日本人は怒っている。だったらソウルでさえ竪穴式住居だった、併合前のインフラ整備に近代化でかけた金、条約でチャラにした分戻せとか、もう一回やり直すから賠償金返せとか、条約後に貸した金返せとか、政府も言わないじゃない。
 「国際法にのっとった約束を守れ」。
 ルール守らないの嫌いなんですよ、真面目だから。
 ついでに、不公平なのも嫌いだし。
 自分たちの言い分は通そうとして、相手の言い分はそれがルール違反でもきかないって、それってチンピラのすることですよ。チンピラの言い方が悪ければティンピラでもいいけど。ティンピラがいやならチンピラメとか。


 あ、そういえばロシアの首相が択捉島に行ったとか。
 これも正直な話、日本人のほとんどが内心返ってくることを既に期待していないので、別に外交カードでもなんでもないよ。おそらく日本政府も口では抗議しても、腹の中では「またか」ぐらいにしか思っていない。
 日本という国は、そういう国だということを、ロシアも、中国も、韓国も、北朝鮮も、理解した方がいい。傷つけたつもりが、挑発したつもりが、傷ついていないし、挑発もされておらず、静かに復讐の機会を狙っている。口で抗議しながらも、腹の底から同じことを思っているわけでもない。これができるようになれば、日本人の中でも「大人になった」ということになる。
 アメリカも防衛予算を増やせとか言ってきたとか来てないとか。そんなのやっぱり自分の国は自分で守らなきゃ、ということになって、憲法改正論議にとりかかれ、安倍はじめ政府首脳陣は内心大喜び。武器も自前で開発できたら馬鹿高いアメリカ産なんて買わなくてよくなるからいーじゃないかーなんて考えている人もいるかもしれない。
 日本人ってのは大人しいけど難しいんですよ。日本人が言うんだから間違いない。

 でも韓国人が来なくなって一番助かるのは、女子トイレの汚物入れに自分のふいたトイレットペーパーを捨てていく人がいなくなるってことですかね。不衛生極まりないし日本の下水はつまらないし、トイレットペーパーは溶けるって言ってるのに。
 あれ男子トイレはどうなってるんだろう。やっぱり個室でふいたの見えるとこに捨ててるのかしら。
 この前ホテルで「もういいかげんにして」と思った。ああいうの見ると本当に「別に来なくていいから」と思う。下水がまだ併合時にインフラ整備したままなのかしら。
 まさかね。


※正しくは、「痛くもない腹を探られる」です。念のため。(8/3 0:13)
ふざけて書いてるからわかるよね(笑)
posted by さきはなきよら at 17:55| Comment(0) | 社会・政治

2019年07月31日

おくの細道の旅〜山形・秋田1〜

 旅日記みたいなものを書くのは何年ぶりだろう。
 松尾芭蕉『奥の細道』の旅、主に出羽三山と象潟を目的にして二泊三日で行ってきました。
 相当の強行軍でした。
 まずは大阪空港から山形空港まで空路で飛ぶ。三か月前に予約したので往復片道代もかかっていない。いや、今回一番高かったのはレンタカー代で、山形空港で借りて秋田空港で返すもんだから乗り捨て代が馬鹿高い。そのせいか長距離を走るとわかっていたせいか、レンタカー会社が出してきたのは3ナンバーのスポーツカーだった。え…コンパクトカーのサイズがいいからコンパクトカーで予約したのに…と思いつつ、乗ってみたら、なるほど、走りがいいわ。うちのノートe-powerとなんら遜色もない。
 というか、ノートe-powerのキャッチフレーズが「コンパクトカーに3ナンバーの走りを」だから遜色がないのは当然なのかもしれない。これでワンペダル走行と自動ブレーキが付いてたらなあ、などとそれでも若干ケチつけながら、山形空港から一路、斎藤茂吉記念館へ。
 あれ? 芭蕉の『奥の細道』の旅じゃないの?
 いや、せっかく山形に来たんだから、日本近代文学学徒としては、茂吉記念館ははずせんでしょう。他をはしょってもはずせんでしょう。故にいきなり番外です。
DSC_0135.JPG
 日航機からの景色。台風が通り過ぎた後(7/28)だったので雲が多かった。

 ちなみに山形空港は現在「おいしい山形空港」というのが正式名称?で、客室乗務員の方が「おいしい山形空港」とアナウンスしているのを、「おかしいな…おいしいに聞こえる。OCの間違いか? でもOCってなんの略? 小川珈琲?」などと思いつつきいていたら、着地して空港の建物に近づいてびっくり。
 本当に「おいしい山形空港」だった。
 この形容詞おかしくない?
 …と思いつつも、これってこのネタできるよね。
 「山形空港? 何それ、おいしいの? 食べられるの?」
 (ネタ元はかわみなみ『シャンペンシャワー』)
 思うところは誰も同じらしく、降りる時に後ろからくる子供におばあちゃんらしき人が、「食べ物がおいしい山形の空港って意味」と説明していた。
 ひっかかる。

 さて、道は一路斎藤茂吉記念館へ。
 この高速道気持ちよかった。天気がよかったせいもあるけど。
DSC_0140.JPG
 斎藤茂吉記念館正面

 斎藤茂吉のふるさとは、てっきり、広々とした田畑が広がる所とばかり思っていたので、なんか予想していたのと地形が違った。館内をめぐって見て思ったのだが、遺族が生きているとどうしても隠してしまう部分がある。茂吉は恋をせずに結婚し、必然の生活の傍らで歌を詠んだらしい。それから論文の発表名を見ると「もきち」ではなく「しげよし」が本名らしいと初めて知った。これあまり大っぴらに書いてないよね。
 印象的だったのは、土地の男らしく、成人すると出羽三山に上り、それをわざわざ東京で暮らした息子たちにもさせている。いやあ、この辺は明治の男だなあ。
DSC_0136.JPG
 茂吉記念館からの景色
DSC_0147.JPG
 茂吉記念館敷地から蔵王方面をのぞむ。

 音声ガイドを借り、映像まで見て一時間ほどで茂吉記念館を出ると、次は「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」で知られる山形市立石寺、通称山寺へ。
 と、書きつつ、記念館を出たのは既に3時15分。どこまで回れるかしら、上まで行けるかしらと思いつつ、車を飛ばし山寺へ。
 確実に時間制限のある山寺芭蕉記念館へ先に。…十五分しかかからなかった、見るの。
 本人の筆跡が残っていて、えらくか細く繊細な字。こういう繊細さがなければ文学は極められないか、と思ったなり。
DSC_0150.JPG
 山寺芭蕉記念館駐車場前から立石寺のある山をのぞむ。

 そして、とりあえず、時間的に入れるかどうかわからずに山寺山門へ向かう。
 駐車場で車を停め方々、もしもう間に合わないなら、下のお堂だけお参りして、ここの店でお茶して出ようと思い、駐車料金を払いながらお店の兄ちゃんにきいてみたら、
「四時半までに山門に行けば登れますよ」
とのこと。時計は4時23分ぐらいで、じゃあ行ってみますと慌ててその店を出て、山門へ。
DSC_0182.JPG
 寺の正面。山門はさらに五分ほど歩いた所。

 行くと受け付けは通れたものの「5時半には帰って来て下さい。」と言われる。「え、一時間で行けるんですか?」というと「一時間で行けます。」
 話が違う。(どんな話だ)
 ということで、夏だったせいか遅い時間だったけど、結構まだ登る人いた。
 1000段あるそうなので、狸谷山不動院×3かな、と思いつつ、石段を上っているうちに苦しくなり、「せみ塚」のところで休憩、それ以降は石段を数えながら登る。
 DSC_0152.JPG DSC_0154.JPG
 せみ塚
DSC_0179.JPG
 途中見上げて
DSC_0157.JPG
 上のお堂
DSC_0168.JPG DSC_0173.JPG
 山寺上からの展望

 芭蕉は尾花沢逗留中に勧められてこの寺へ来たらしい。今は観光客が多いから山が静かなことはないが、この時代は静かだったのかもしれない。私がいた時間はヒグラシが鳴いていた。ただ、これ詠んだとして絶対下りだよね。山の湿度が高い中、汗かいた分の水分補給してから詠んだべ。上での景色に加えて、汗ひいて座りながら飲むと爽快で気持ちよかったに違いない。(専門じゃないから好き勝手言える。)確かに周囲の湿気と水分のせいで音も石にしみいるように感じるわ。(※諸説あります。)

 そして汗だくのまま山寺を出ると、本日の宿泊地、鶴岡へ。
 上った時間が日中ではなく、普通に過ごすには汗もかくまいが、やっぱ山に登ると汗だく。
 おなかもすいて、でも途中、もう空いているお店が沿道になくって、コンビニよろうと思ったらなくて自動車道入っちゃって、道の駅によっておやつと思ったら全部凍ってるし、かろうじてちょうどいいサイズのアップルパイが一個だけ残っていて、自動販売機のカフェオレでお茶をする。(これがこの旅の「お店がない」地獄の始まりだった。)
 その道の駅から出羽三山の湯殿山の南を東から西へ通過する高速道路を行ったのだが、山の気配は怖いし土砂降りになるし日は暮れるし、なんかサバイバルな峠越えだった。(芭蕉はこのルートは通ってないはず。)

つづく。
posted by さきはなきよら at 23:53| Comment(0) | 日記

2019年06月30日

非表示になっているブログ記事について

 このブログは本年の以下の記事を非表示にしています。読みたい方がいらっしゃれば表示しますので、いつでもご連絡ください。
 ブログそのものがホームページのあるサーバーに保存されるので、ほぼ連動してるかなと思うのですが、だいたいアップすると当日に1000ぐらいのアクセスがあるって感じですかね? 私が分析するのもめんどいので、ホームページのアクセス解析の画像を載せておきますので勝手に見比べて見てください。
 この時期小説の検索サイトが消えたせいでアクセス減になりましたが、最近また盛り返してる感じですが、余計なことは書かないでおきます。

1、最近気がついたこと 2019-01-30 00:05 ストーカーI(♂)さんがまた現れたこと。また彼との始まりについて。

2、最近思い出したこと 2019-02-10 16:37 ストーカーIさんに街の中でつけまわされた時のこと。
あの当時のこと 2019-02-19 20:00 ストーカーIさん関連の家宅侵入の気配、妄想勘違いされてるらしいこと、どうも研究者にまで広がっているらしいこと。その他、ホームページを立ち上げた時のいやがらせなど。

3、逆手にとって襲う1 2019-02-26 21:59 ストーカーIさんがばらまいた経由で作品を盗む人たちへの、彼らをつぶすにあたっての仕返し理論。

4、逆手にとって襲う2 2019-03-03 15:57 ある脚本家が自滅した話。

5、逆手にとって襲う3 2019-03-12 23:56 しつこい該当会社への直接的逆襲。

6、逆手にとって襲う4 2019-03-24 00:14 ネットでのつきまといもするある脚本家への逆襲。

7、逆手にとって襲う5 2019-04-05 18:27 ビリーたちの存在と、この文章を書き続けた理由について。(ビリーとは、ストーカーIさんのいる業界で私の味方に付いている人たちの愛称。)

アクセス統計2019年1月
201901ホームページアクセス統計1.png

アクセス統計2019年2月
201901ホームページアクセス統計2.png

アクセス統計2019年3月
201901ホームページアクセス統計3.png

アクセス統計2019年4月
201901ホームページアクセス統計4.png
posted by さきはなきよら at 12:35| Comment(0) | 日記

2019年05月15日

楠木正成について

 かつて私が歴史上好きな人物を三人挙げた覚えがある。
 菅原道真、張良、そして楠木正成である。
 三人に共通するのは「策士」というところだと思う。中でも張良は私に「私も参謀になりたい」とおバカな夢想を抱かせた人物で、これが諸葛亮ではなく張良だったのは、ひとえにさりげなさにある。諸葛亮はなんか私には目に見えて才気走った感がある。「は、この人すごい」と、よく考えるとすごいと気づかされる、そういうすごさがやっぱりいいな、なんて思うんだけど。
 なんで今回こんなこと書いているかというと、三人目に挙げている楠木正成なんだけど、いつだったかに私がライトな人間だからといって天皇崇拝をしているような勘違いをしている人がいた。
 違いますよ。
 楠木正成が好きなのは、まず郷土の英雄だから。
 楠木正成はうちの地方ではまず物心つく頃から祭り上げられていて神みたいな存在だった。子供の頃は間違いなく神様の一人だと思っていた。これが人間になったのが小学校三年ぐらいの時で、社会科で郷土史をやり始めるんだが、ここで歴史上の人物だと知るように至る。ここでは決して後醍醐天皇へ忠義を貫く忠臣とは教えられず、幼名、教育、地元の治水・分配事業や、いかにあの戦を戦ったかを教えられる。郷土史を学ぶ段が過ぎても、折に触れて正成のエピソードは社会の授業のどこかで出てきたり、生きていたらどこかで正成の話とすれ違ったりするのだが、大人になる頃にはそのゲリラ戦を通して「アイデアマン」ということがだんだんわかってくる。策士なんだよね。
 それで鎌倉方に勝利する一ルートを築くわけだが、あの小さな田舎からよく時の政権を倒す一勢力になりえたものだと感心する。
 そしてその死に際を、後醍醐天皇への忠義故にあえて裏切らず後醍醐天皇方につき、「天皇家への忠臣」として近代持ち上げられるのだが、私はその解釈は違うと思う。
 だって天皇家への忠臣なら、天皇になる人にひたすら忠義をつくさない? 後醍醐天皇の立場が危うくなり、廃される状況になれば、ちょっと様子見るよね。
 そうではなく、正成の場合は、後醍醐天皇という一個人への忠義だと思うのだな。
 忠義という言い方も何かふさわしくない。そりゃ立場上は忠義になるけれども。
 簡単に言えば、私が思うに正成は、後醍醐天皇が好きだったのだな。恋愛のそれではなく。
 もちろん前の政権の初期、鎌倉方についた人たちが、後どんどん滅ぼされていったことを考えれば、たとえ足利方に寝返っても、後一族ごと滅ぼされ、さらに天皇を裏切った逆賊という汚名まで着て歴史に名が残ることも想定し、そういう計算も働いていたかもしれない。でも彼が後醍醐天皇から離れなかった理由で一番大きいのは、後醍醐天皇とすごく気が合ったからではないのか。不敬だとののしる輩を恐れずに書くならば、親友だった。
 で、この、気が合ったからというのを想ったのは相当後になってからで、後醍醐天皇の陵墓に行ってから。意外だった。最初は人里に向かって作られているのかと思っていた。なるほどな、こういう場所がいいんだと思うと、正成とは気が合っただろうなと思ったものだった。
 気になる人は一度奈良県の吉野山にある後醍醐天皇陵墓と、千早赤阪村の楠木正成誕生地駐車場から西の景色を眺めてごらんなされ。城跡がいくつかあるから、それをめぐるのもいいかもしれない。
 私の中では、正成が「友のために命を捨てた」。
 男の友情っすよ。
 その潔さがやはり正成の気持ちのいいところ。
 歴史の解釈はいろいろあろうし、そんな感覚的なこと言われても…と言われるかもしれないけれど、私は歴史学者でもなんでもないし、忠臣としてあがめ奉られた正成も知らず、それどころかゲリラ戦で命を失おうとも、今もなお村人に「楠さん」と命日だったか生誕日だかに偲ぶ祭りを開かせる、知っているのはそういう人物像。あの小さな山村から、時の政権に大打撃を与えたアイデアマン、気概、男気。
 世間でなんとなく知られている正成と、私の中の楠木正成は違う。
 東京の皇居近くに忠臣として像があるそうだけど、むしろその「忠臣」の方が違和感を覚える。「忠臣」で片づけられると激しくイラっとする。

 私も左派は十把一絡げにしがちだけど、右派にもいろんな右派がいる。
 憲法改正だって、いつまでも日本国内に多く米兵を駐屯させて、騒音と事件に悩まされるのもいかがかと思うのと、いざとなったら日本国民のために命を捨てるかもしれない自衛隊員に、いつまで「違憲だ」と言って攻撃するのかと思うから改正賛成なのであって、別に戦争したいわけではない。「教え子を戦場に送るな」と掲げている教職員組合の人達も、自分の教え子が攻撃の矢面に立った時、「やめなさい、もうみんなで死にましょう」なんて無責任なことがいえるのかと思う。(だいたいあの人たちはこちらから戦争に行くことしか考えてない。実際は襲撃の可能性の方が高い。武器を持たなかったおかげで攻撃されなかったとかまだ冷戦時代の状況と混同している。)特に沖縄で米兵による暴行事件が起きるのだって、妻や恋人と長く離れ、恋人さえも作るのが難しい状況だから起こるのであって、これが遠くても二時間で済む距離の日本人ならまた違ってくるはず(要衝故に兵の駐屯はまぬかれないという事実を前提で)。いつまでもアメリカに守られて、いつまでも国として自立しないのはいかがなものか。それに憲法改正すれば、もしかしたら弾道ミサイル(核爆弾搭載のも含めて)を無化できる人工知能による「弾道ミサイル方向転換ロボット」とか作れるかもしれないじゃない。研究費が増えれば、別のところに応用も可能になる。だいたい今携帯電話が普及しているそもそもが誰のおかげかというとアメリカ軍のおかげで、確かに負の側面は大きいけれど、技術発達に一役買うのも事実。核に勝つのは核ではなく、核を無化する技術と政策だと思う。

 ただ人を殺すから戦争をしたらいけないのではなく、なぜ戦争をしたのかからをまずきちんと教え、二度と繰り返さないための教育をすべきじゃないのか。こんな食糧自給率も低く、資源もなくてエネルギー革命も後手後手な国で、いざただ海を囲まれただけでも、攻撃するか飢え死にするか侵略されるしかない状況を作っている現状、そしたらまたあの戦争の二の舞じゃないか。いざとなったらどんなに平和教育されていても自分が死なないために家族が死なないために発起してしまうものだ。
 戦争を美化して、死ぬ時の悲劇をお涙ちょうだいで売りにする作品も、誰も非難しない(私は嫌いだ)。左翼がそういう作品を非難しないのも、不思議なことだ。あの人たちは、なんのために何と戦っているのだろう。武器さえ持たなければ、最悪の事態を回避できると思っているのだろうか。最悪の事態に追い詰められたら一か月と持たず全部ひっくり返してしまう。人というのはそういうものだ。
 楠木正成のように、信念と心中する人はまずいない。
posted by さきはなきよら at 13:00| Comment(0) | 日々雑感